CONCEPT

Eternity at Moment 写真家60人の「瞬間と永遠」 タムロンの 18-270mm(Model B008)で、作家は何を見たのか。

私たちが見ていない「なにか」に光をあて、形を与えてくれる、60人の写真家たち。切りとられる「瞬間」と、呼びさまされる「永遠」の気配。刹那に込められた写真家の想いは、私たちに何を伝えてくれるのでしょうか。

「産業の眼を創造貢献する」タムロンは、60年間にわたり、独創性あふれる製品でその時々の社会に貢献をしてきただけではなく、ずっとその眼で未来の光を見てきました。

60周年という区切りは、過去の歴史を振り返るタイミングであると同時に、
次のステージに向けてスタートを切る瞬間でもあります。

本プロジェクトでは、60人の写真家が、それぞれが今感じている「瞬間と永遠」を18-270mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD (Model B008)で撮りおろし、特設Webサイトと写真展で作品を公開します。写真家にとって「時間」はそれ自体が永遠のテーマの一つ。60人の写真家が出す「瞬間と永遠」の答えは、それぞれ異なる写真家たちの視点から見た、多様で起伏に富んだ写真表現になるでしょう。

"タムロン写真家60人の「瞬間と永遠」プロジェクト"に寄せて

上野修(写真評論家)

2011年。今年ほど「いま私たちにできること」という言葉を耳にし、また、自問した年はないに違いない。

この年に、タムロンが創業60周年を迎えたということは、むろん偶然だろう。だが、この偶然は、とても興味深い。というのも、あらためて考えてみると、タムロンこそは「いま自分たちにできること」を、自問しつづけてきたメーカーであるように思えるからだ。

戦後復興期の1950年、双眼鏡レンズの下請け加工を行う従業員数名の小さな製作所から、タムロンの歴史ははじまった。

1957年には早くも一眼レフカメラ用交換レンズを完成させると同時に、交換レンズのマウントをさらに交換式にするという、コロンブスの卵のような画期的なアイデアによって、世界初の一眼レフカメラ用マウント交換方式「Tマウント」を生み出す。このアイデアは、その後「アダプトマチック」「アダプトール」「アダプトール2」と展開されていくことになった。

タムロンが革新を起こしたのは、マウントだけではない。1959年には、業界初の一眼レフカメラ用普及型望遠ズームの量産をはじめ、ズーム時代を先導していくことになる。以降タムロンは、単焦点ポートレート・マクロや、小型・軽量・高倍率ズームなど、独創的な商品で、存在感を示し続けてきた。

これらの成果は、タムロンが大企業とは違った、「いま自分たちにできること」「いま自分たちがやるべきこと」を自問してきた、結果ではないだろうか。だからこそ、タムロンという名が、ユーザーはもちろん、使ったことがない者の記憶にすら残っているのだろう。じっさい私も、タムロンという名を聞くと、具体的なレンズとともに、その時代時代のさまざまな思い出がよみがえってくる写真愛好者のひとりだ。

この60年という歳月には、日本のカメラメーカー、レンズメーカーが切磋琢磨して、不可能を可能にし、表現の可能性を切り開いてきた歴史が刻まれている。これはカメラ史であり、レンズ史であり、写真史であり、当然それらは切り離せない。

もちろんタムロンも、そのなかで重要な役割を果たしてきたことはいうまでもない。たとえば、こう問うてみよう。もし歴史にタムロンが存在しなかったら、一眼レフズームが、これほどポピュラーになっていただろうか? 答えは明らかだろう。歴史を今日から振り返れば、何もかも必然に思えるが、そこには挫折と挑戦の繰り返しが織り込まれているであろうことは、想像に難くない。

これらの経緯を踏まえるなら、60周年モデルが、「SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD(Model A005)」「18-270mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD (Model B008)」という、ズームレンズであることは、じつにタムロンらしい決断だといえよう。『瞬間と永遠』では、このうちズーム倍率15倍を誇る「18-270mm (Model B008)」を用いて、写真家60人が撮りおろした作品を見ることができる。これが、たんなる記念事業ではないように感じられるのはなぜだろう。

いわゆる記念事業なら、安定感が優先されるだろう。しかし、個性豊かな60人、つまり率直に言い換えるならば、一癖も二癖もありそうな写真家たちが選ばれ、さらに、『瞬間と永遠』という抽象的なテーマのもとで撮影がなされていることが、いささか不思議に思えるのである。

『瞬間と永遠』に寄せられた作品を見ていると、その理由が徐々に鮮明になってくる。レンズは、つねにメーカーが想定したような使われ方をするわけではない。逆に、思いもしない使い方をするのが写真家であり、そこにはメーカーの言い訳は通用しない。60人の写真家たちが抽象的なテーマに挑むことによって、レンズのポテンシャルはぎりぎりまで引き出されることだろう。そこでは、この60年で到達した地平、そしてこれから目指すべき地平が照らし出されることになるだろう。『瞬間と永遠』とは、記念事業というベールをかぶった、テクノロジーと表現の壮大な競演の試みなのではないだろうか。

このように考えてみるなら、『瞬間と永遠』は、タムロンの決意表明でもあるととらえるべきだろう。切り開いたことに、けっして安住しない。これからも前を見て、不可能を可能にしていく。『瞬間と永遠』とは、そのことを端的にあらわしたタイトルにほかなるまい。

いまいちど、じっくりと『瞬間と永遠』を見てみてほしい。そこには、60年という歴史が可能にした表現、そして、これからチャレンジすべき表現が浮かび上がっているに違いない。かつて高倍率ズームは、空想の産物と思えるくらいのテクノロジーだった。それが今、私たちの手元にあり、ここまでの表現を生み出すようになった。そして今、ここから空想する表現とテクノロジーが、未来を作ることになるだろう。

写真は過去を残す。だからといって、過去にしばられるものではないはずだ。現実を見る。記録する。レンズの役割は、これだけではないはずだ。前を見よう。夢を見よう。そこから自ずと過去は紡がれていくだろう。これこそが、『瞬間と永遠』に込められたメッセージなのではないだろうか。

*上野修/写真評論家
1964年生まれ。87年から89年にかけて、「TREND '89現代写真の動向・展(川崎市市民ミュージアム)」などの企画展・グループ展に出品。87年頃より写真評論をはじめる。「日本カメラ」などカメラ雑誌を中心に執筆。日本写真協会賞選考委員(2005年、2008年)