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PROFILE

中谷 吉隆

中谷 吉隆 Yoshitaka Nakatani

1937年、広島県生まれ。東京写真短期大学(現東京工芸大学)卒業。東京新聞写真部を経てフリー。ドキュメンタリー、人物、スポーツを分野とする。「フォト俳句」を手がける。写真集、写真展多数。日本写真家協会名誉会員。

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廣島2011〜その一瞬の永遠〜

  • 原爆死没者慰霊碑

    原爆死没者慰霊碑

  • 本川小学校平和資料館にて

    本川小学校平和資料館にて

  • 原爆供養塔前の鳩

    原爆供養塔前の鳩

  • 霊を弔う盆灯籠

    霊を弔う盆灯籠

  • 66回目の原爆の日

    66回目の原爆の日

MESSAGE

昭和20(1945)年8月6日、父母の故郷廣島は原子爆弾の投下で喪失した。「新型爆弾で70年間草木も生えぬ」と言われたその地に、中国・天津から引き揚げたのは翌年3月で、私は9歳だった。爆心地近くに暮らしていた祖母は爆死していた。

被災を免れた市内の宇品(うじな)にあった旧兵舎の引揚者住宅で、私は小中高校の9年間の生活を送ったが、残留放射能のことなど子供心にも無頓着であった。親類縁者、同級生たちに被爆者は多くいたが、誰もそのことを口にしない、いやできない時代だった。

負の遺産としての原爆ドームは、その一瞬の永遠をとどめた象徴である。人類の最大の不幸を風化させることなく、この核の世に残像としてあると思う。これまでいろいろな角度、意味合いで撮ってきたが、このたびの東日本大震災による福島原発の事故が大きく胸にのしかかり、2011年の廣島の夏を撮る衝動にかられ、出向いたものである。

18-270mm (Model B008)を使ってみて

これまでレンズ一本での作品づくりの経験はなく多少の不安はあった。猛暑の広島を歩き回ったが、軽量コンパクトのレンズは、十分に私の意図する描写性のいい写真を生み出し、18〜270ミリという画角にも手応えがあり満足した。

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